7.サブプライム・ローン


どうしてこんなに株価が下がっているの?

サブプライムローンだ、デリバティブだ、ヘッジファンドだとか言っているけど、みんな頭のいい人が考えた理論ではないの?

それはそうだけど、どんなに良い理論があっても、それを使っているのは人間だからな。人間には欲があるから。貪欲と言う欲望だ。欲望には貪欲、食欲、性欲、権力欲、名誉欲等とあって、貪欲は人間の本能の1つだから、貪欲のない人間はいないのだけれど、その貪欲が優れた人の考えた理論よりまさってしまうのさ。

人間は誰でも何かの欲望に突き動かされて生きている、と言ってもいいと思うのだけれど、その欲望が程々にコントロール出来なくなったときに、事故が起こる。それは、個人的な問題であることもあれば、家族的な問題であることもあれば、今回のように国家的、世界的になることもある。



人間はいつも欲望という難しい問題を抱えて生きている。食欲という欲望がなくなったら、人間は死ぬしか無いし、また、欲望があるから社会は発展もしてきたのだが、それを上手にコントロールすることは非常に難しい。

最低限のルールとして、人間は法律を作って、行き過ぎがないようにコントロールしているつもりなのだが、頭のいい人が法律すれすれの理論を考えてしまう。考えた人は、善意だったかも知れないが、その理論を使う人は必ずしも聖人ばかりではない。欲望を持った人間だ。

日本は、20年前にも自らのバブル崩壊を演じて塗炭の苦しみを味わい、やっと立ち直ってきたと思ったら、今度はアメリカ発のバブル崩壊に巻き込まれてしまった。今回のアメリカのバブル崩壊を数年前から予測していた、ある著名な経済学者は、ヨーロッパや日本の経済は安泰であると言っていた。これは予測が如何に難しいかの例であり、また経済がワールドワイドに広がり、国境が無くなっていることの証左でもある。

私の知人の一人に、元トレイダーであったイギリス人がいる。彼は今でも私財で株や債券の売買をしている。その彼もアメリカのバブル崩壊は近いと言い、投資資金をアメリカから中国やインドへ移動させていた。そしてそれらのアジアの株も十分高くなって来たので売却し、「さて次はどこに投資したらよいかな、どこも高くなりすぎていて、適当なところが見あたらない」と言っていた矢先であった。結果として、彼のつぶやきは的を射ていたわけだ。その彼も今回のようなバブル崩壊の経験は初めてであると驚いている。



さて、株を持ったままパニックに陥っている人も少なくないと思うが、どうしたらいいのであろう。

私は、「ただいま気流の悪いところを飛行中のため、飛行機は少々揺れておりますが、飛行には影響がございませんのでご安心下さい。お手洗いのご使用は、お控えいただき、もう一度シートベルトをしっかりとおしめ下さい。」という機内放送を思い浮かべる。

株を買うと言うことは飛行機に乗ったと言うことであり、目的地に着くまでは途中下車は出来ない。エアーポケットにはまったり、乱気流に遭遇したりして、墜落するのではないかという恐怖に陥ることもあるが、スチュワーデスの落ち着いたアナウンスを信じて、じっと我慢している。墜落することは滅多にないが、可能性がゼロではない。その時は運が悪かったと諦めるしかあるまい。

                          インド   ガンジー記念公園

「サブプライム・ローン」とは、プライムローンに対して、サブプライム(sub-下に prime-優れた→信用度の低い)ローンと呼ぶ。所得の低い人やクレジットカードで返済延滞を繰り返す人など、いわゆる信用力の低い個人を対象とした住宅ローンのこと。通常の住宅ローンに比べて金利が高く設定されている分、審査基準は緩くなっている。

こういう信用力の低い人に貸し付けること自体、始めから、やがて行き詰まる事は当然予測できたことである。日本のバブルの時も、不動産さえあれば、担保価値の120%ぐらいまで貸し付けたという。構造は全く同じだ。

金融工学で理論武装されていたかに見えたアメリカ経済が崩壊に向かっている。金融派生商品、ヘッジファンドは、数理経済を駆使して儲ける話であった。また、サブプライム・ローンは、最初からおかしな商品で、金融業者と借り手が騙し騙され、「今がハッピーならいいや、将来のことなど知るものか」と暴走した結果に崩壊した。

これは犯罪ではないのかとの質問に、元トレーダー氏は「違法ではないが、法律すれすれだ」と言う。多額のローンを融資する金融機関は、返済不能に陥った時のためにいくらかの保証金を積ませて、保証する。その金融機関を同様に別の金融機関が保証する。これで絶対心配ないと暴走した。

確かに、右肩上がりの経済が続いている間(これが理論の前提条件)は、問題は表面化しなかった。が実体の伴わないバブルがいつまでも続く訳がなかった。ひとたび破裂した風船は、圧力がゼロになるまで萎むしかない。アメリカのサブプライムローンに端を発した世界の金融混乱は、起こるべくして起きている。

こんな事になるとは予想もしなかったのか、予想できていたのに当座の儲け話に目がくらんでいたのか。どちらにしても、人間は(もちろん私も含めて)そんなに立派な生き物ではない、と言うことではないだろうか。妙楽大師は、人間を指して「才能ある畜生」と言ったそうであるが、確かにその程度かも知れない。欲望を満足させるためにはどんなことでもする。1つの欲望が満たされると、すぐ次の欲望が沸いてきて止まることを知らない。

経済の分野において様々な理論が展開されてきたが、マルクス経済学にしろ、近代経済学にしろ、現実が理論通りに進んでいったと言うことは未だ無かった。それは正に経済学が人間の欲望を計算に入れないで構築されているからだと思う。あたかも、性善説を自明の事として理論が構築されているかのようである。どんなに緻密な理論を構築しようとも、人間の本能とも言える欲望を考慮しなければ、それは現実離れした理論でしかあるまい。

今回の金融混乱は今後、恐慌に至り、その後、共産主義革命に進むのだろうか?1929年の大恐慌の時は、共産主義革命には至らなかった。マルクスの理論では、1929年のアメリカの大恐慌の時に共産主義革命が起こって良かったのに、そこでは革命は起きずに、現実には資本主義が発達したとは言えないロシアで、1917年に共産主義革命が起きている。しかし、ソ連の共産主義社会は1991年に崩壊した。

共産主義社会は、搾取のない、平等で皆が豊かな社会、と言う理想を掲げて出発したことは間違いないと思うが、現実は、そう甘くはなかった。陰湿な権力闘争と、一党独裁による言論弾圧のもとで多くの人が犠牲になり、悪平等と官僚主義が蔓延し、とうとう経済も立ち行かなくなってしまった。どちらにしても、人間の愚かさ、欲深さを考慮に入れない性善説が理論の前提となっていた所に、大きな見込み違いがあったと考えざるを得ない。

先の、元トレーダー氏は、今年はウォールストリート(Wall Street)が混乱しているが、来年になると、メインストリート(Main Street)が混乱するだろうと言う。

これは、証券経済が実体経済に及ぼす影響について言っているのだが、マルクスは資本論の中で、次のように言っている。

「これらの証券(国債や株式)の減価が、生産や鉄道・運河交通の現実の休止とか、着手した企業の中止とか、実際に無価値な企業への資本の投げ捨てとかを表すものでなかった限り、この国(イギリス)は、このような名目的な貨幣資本のシャボン玉の破裂(the bursting of this soap bubble)によっては一文も貧しくはならなかったのである」と。(第3巻、第29章)

つまり、証券経済の混乱が、必ずしも実体経済の混乱に直結しているわけではないと。マルクスの時代は、今と比べたら、まだノンビリしていたと言えるかも知れない。しかし、マルクスも「バブルの崩壊」を(シャボン玉の破裂)と表現していたことに、不思議な親近感を抱くのは私だけであろうか?

2008年10月18日付の読売新聞に、特別編集委員の橋本五郎さんが次のように書かれていた。:底知れぬ米国発の金融危機を目の当たりにして、経済史家、大塚久雄の警世の予言を、またしても思い出した。「企業や資本主義が倫理的であり続けることは難しいが、倫理を喪失した企業や資本主義は崩壊する」と。全く同感である。

倫理的であること、即ち欲望をコントロールすることが先決課題である。これが出来なければどんな理論、どんな制度を構築しても結局は元の木阿弥になるであろう。しかし、これは難問だよ!!

                                   インド・タージマハール


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